2020.07.11 梅雨の北陸旅1日目(3) 高岡 [国内旅行]
12時50分に富山を出発した普通電車は13時9分に高岡に到着。
2両編成の車内は学校帰りの学生が半分近く占めていてそこそこの混雑。
高岡駅を南側に出て10分ほど歩くと寺の参道。
加賀藩2代藩主だった前田利長の坐像を通り過ぎる。
参道をずっと進むと曹洞宗の瑞龍寺。
加賀藩3代目藩主前田利常が2代目を弔うために建立したお寺である。
総門をくぐって、正面に国宝の山門。
1645年にこの場所に建てられたが、のちに火災で焼失して1820年に現在の建物が建てられたという。門の両側に金剛力士像。他に楼上に釈迦如来と十六羅漢が祀られているという。
山門をくぐると回廊に囲まれた真ん中に仏殿と、その後ろに法堂で、いずれも国宝に指定されている。このような構成のお寺は日本でもなかなか見られない。
総欅造りの仏殿は1659年に建てられたもの。
法堂側から見た手前に仏殿と奥に山門。
一直線に並んだ建物が美しい。
回廊の中はこんな感じ。
回廊の裏手にある石廟。
右から前田利長、前田利家、織田信長、正覚院、織田信忠の分骨廟となっている。
この映画の撮影が行われたそうである。
瑞龍寺で御朱印を3種類いただいた。
拝観料を払うところで御朱印帳を預けると、このような綺麗な形で返ってきた。
瑞龍寺から高岡の中心街へ向かう途中にあるのが大木白山社。
名前の通り、白山比咩神社から分霊された神社だが創建年代は不明。高岡に城が築かれた400年前にはすでに存在していたという。
北陸線の線路を越えて高岡城に向かう途中にある高岡関野神社へ。
加久彌神社(神明社)、関野神社(熊野社)、高岡神社(稲荷社)の3社が江戸時代に同じ境内に祀られて、大正時代までに全て合祀されて現在の体制になったのだという。
そのうち、高岡神社が高岡城の鎮守だったこともあり、御祭神に前田利長が加えられ、現在の体制になっても御祭神は引き継がれている。
大木白山社と高岡関野神社(大黒天も含む)の御朱印。
左2つは書置きの紙でもいただくことができ、紙の方が・・・
ドラえもんトラムが通る大通りを渡って中心街へ。
中心街に入って、高岡城に向かう途中にある高岡大仏。
鎌倉大仏と同様に野ざらしの大仏である。
元々は木造の大仏だったが、度重なる火災で焼失を繰り返し、1932年に高岡伝統の鋳物産業のアイデアで銅製で造られ現在に至っている。
建物の内部にも仏頭と十二光仏が置かれている。
十二光仏は大仏の円光背に掛ける予定のものだったという。
高岡大仏の御朱印。
高岡の市街には古い建物があちこちに残っている。
外堀にかかる橋を渡って高岡城の跡へ。
坂を登る途中にあるのが護国神社。
鍛治丸と呼ばれる部分に今あるのは博物館。
ここで100名城のスタンプを押して、館内の高岡の歴史を見て回る。
他に高岡出身だったドラえもんの作者・藤子F不二雄氏に関する展示も。
本丸の半分は射水神社になっている。
元々は郊外の二上山に平安時代の延喜式に載るぐらい古くから存在していて、今の本丸跡に移ってきたのは明治維新で廃城になって以降のこと。
本丸の残り半分は古城公園の広場になっていて、市民がのんびりと過ごしている。
射水神社の御朱印。1種類は書置きの紙でいただいた。
この後、藤子不二雄の世界に浸りながら氷見に向かいます。
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