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2022.01.29 日帰り福島浜通り(3) 新地・相馬の神社 [国内旅行]

ポケふた巡りをメインとした今回の福島県の浜通りの日帰り旅は、ついでにいつもの御朱印巡りも。


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浪江のラッキー公園から今回の旅をスタートさせて、次に向かったところは浜通り最北の新地町。


内陸の駒ヶ嶺にある子眉嶺神社(こびみねじんじゃ)から。

 

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奈良時代からの歴史がある神社で、江戸時代は仙台藩の崇敬を受けて社殿の修繕や再建も行われてきたという。

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神社の境内に水が湧き出ていて、御神水となっている。

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湧き出た御神水がこの鏡ヶ池に溜まるようになっているが、全然水が無い状態だった。

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次に向かった先は同じく新地町内の福田にある諏訪神社。

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室町時代に入ってこの地を治めていた領主によって長野の諏訪神社から勧請したのが始まりとされている。

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舞楽殿もある。

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新地町でいただいた神社の御朱印はこの2つだった。

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新地町から相馬市に移り、最初に向かった先は相馬神社。

日本百名城って書いてあるけど、私が巡っている日本100名城にはここは含まれていない。

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坂道を上ったところに相馬神社の社殿。

ここは江戸時代は相馬氏が城主の中村城の本丸があったところ。明治維新で廃城になった後に相馬氏の始祖である師常を祀る神社として創建。

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中村城の城郭にはもう1つ神社があり、そちらにも参拝。

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参道の突き当たりには境内社の天満宮。

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相馬中村神社の拝殿は階段を上ったところにある。

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拝殿は1643年に建てられたもの。

相馬氏の祖にあたる平将門が当時支配していた下総の猿島郡に妙見社を建てて以来、相馬氏と妙見社の繋がりは深く、1611年に相馬氏の居城が中村城に移ってきたときにここに妙見社を置いたのが相馬中村神社の始まりである。

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絵馬殿に奉納された絵馬が歴史を感じさせる。

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相馬神社と相馬中村神社の御朱印。

どちらも特徴ある御朱印だ。

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次に向かった先は相馬市内の南にある涼ヶ岡八幡宮。

鳥居の扁額には「八幡」の2文字しか入っていない。

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随神門をくぐって正面に拝殿。

平安時代の初めにこの地に若宮八幡が建てられたのが始まりで、室町時代に入って八幡宮が建てられて若宮八幡は摂社に。現在の拝殿と随神門は江戸時代に当時の藩主だった相馬昌胤によるもの。

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社殿の扁額は八正宮になっているものがあるが、これは江戸時代までのこの神社の呼び名。

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様々な境内社が置かれている神社だった。

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涼ヶ岡八幡神社の御朱印。

 

この後、南相馬市に入ります。


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