2021.10.17 釧路根室旅3日目(3) 茶内・浜中から中標津 [国内旅行]
ルパン三世の世界にどっぷりハマった後、霧多布湿原を抜けて次に向かったところは茶内駅。
ここは前日に釧路から根室まで鉄道での往復で通ったところである。
茶内も霧多布と同じ浜中町の中にある。
駅前の観光案内図をルパンの一味がご案内。
正午前の茶内駅ホーム。
銭形警部がずっと待機している。
20分ほど後に列車が来るようだったが、駅には誰もいなかった。
茶内駅からまっすぐ伸びる道を少し進んでみた。
茶内駅から200mほど進んだところに居酒屋五ヱ門。
霧多布のパブ不二子と同じでここは仮想店舗。
茶内駅から1駅根室側にある浜中駅にも行ってみた。
駅の中でもルパンの一味が浜中町を盛り上げていた。
駅員は不二子ちゃんだったりします(笑)
実際は駅員がいない無人駅。
浜中駅のホームではルパンが待機。
他に浜中町には姉別という駅があって、そこにもルパンの一味がいるようだったが、時間の関係でそこまで行くのは割愛した。
浜中町を離れて次に向かった先は隣の別海町。
途中の車窓はずっとこんな景色。
別海町の市街にある別海神社に参拝。
大正時代に西別神社として創建し、昭和57年に氏子の区域が広がって今の別海神社に改名したという。
御朱印はコロナ対策で後日郵送という形。
備え付けの封筒に住所を書いて必要なお金を入れてお願いした。
神社の狛犬もコロナ対策でマスクをしていた。
送っていただいた別海神社の御朱印。
そして別海町から中標津町へ。
中標津の市街地の高台にある中標津神社に参拝。
社殿は修理中。
昭和50年(1975年)に建てられたもの。
大正2年に町内の丸山公園の近くで創建し、同8年に現在の場所へ。令和元年(2019年)が現在地に鎮座100周年だった。
この神社も御朱印はコロナ対策で郵送対応。
送っていただいた中標津神社の御朱印。
中標津で最後に立ち寄ったのは中標津のぽけふた(ポケモンのマンホール)。
今のところ北海道で26ヶ所置かれていて、城めぐりや御朱印めぐりと合わせて少しずつ塗りつぶしているところである。
こうして中標津空港近くのレンタカーの営業所でレンタカーを返却したのは飛行機の出発45分前。
営業所から私がこの後乗る羽田行きの飛行機が駐機しているのがよく見えた。
この後、根室中標津空港から羽田までの車窓の話を書いて、今回の旅を締めくくります。
2021.10.16 釧路根室旅3日目(1) 釧路からのレンタカー旅 厚岸 [国内旅行]
旅3日目の朝6時半のホテルの部屋から。
夜のうちに雨が降って、この時点でも雨が残っている感じだった。
8時までに朝食とホテルのチェックアウトしてレンタカー屋さんへ。
釧路から根室中標津空港までのワンウェイだからか、旭川ナンバーのアクアが割り当てられた。
1日目の車は釧路ナンバーのヤリスだったのだが。
8時過ぎに釧路駅近くでレンタカーを借りて出発。
釧路から東に海岸沿いに進む。
釧路駅から30分弱走ったところにある昆布森神社に到着。
境内に入ろうとしたら、前にエゾシカがいてこちらを見ていた。
釧路町の昆布森の集落の高いところに神社がある。
階段の下で、先ほどのエゾシカがこちらを覗いていた。
昆布森の街を守るように置かれた神社だった。
御朱印の情報がネット上にあったが、社務所は不在でいただくことができなかった。
昆布森神社から20分ほど走らせて厚岸町入り。
市街に入る前の展望台で休憩。
この後、正面の島に見えるところを目指す。
厚岸駅は前日も根室に向かうときに通ったが、停車時間が短かったのでここに立ち寄ってご当地の入場券を購入。
厚岸駅のある市街地から橋を渡った対岸へ。
厚岸湾と繋がっている厚岸湖の上に浮かぶ小島に神社が置かれている。
牡蠣島弁天神社と言い、御朱印はこの後参拝する厚岸神社でいただける。
名前の通り、厚岸はカキの産地。
厚岸神社に参拝。
1791年に蝦夷地を探検した最上徳内によって創建と北海道の中では歴史が古い方の神社である。
境内には1798年にこの地を訪問した江戸幕府の使者・近藤重蔵による碑文も置かれている。
社殿のある高台から厚岸の街を眺める。
厚岸神社の御朱印は書いていただいたが、牡蠣島辨天神社の御朱印は書置きの紙でいただいた。
厚岸神社に隣接してあるのが国泰寺。
1804年に当時の江戸幕府の将軍によって創建された蝦夷三官寺の一つで、臨済宗南禅寺派に属するお寺である。
国泰寺の御朱印は書置きの紙でいただいた。本堂の入口に置かれている。
この後、浜中町に入ります。
2021.10.16 釧路根室旅2日目(3) 納沙布岬から釧路に戻る [国内旅行]
根室の市街地を自転車で巡った後は、駅前のバスターミナルから納沙布岬へ。
13時35分に出発した。
根室の市街地を抜けると、ひたすらこんな景色を制限速度の範囲でずっと進む。
歯舞(はぼまい)、珸瑤瑁(ごようまい)といった集落があるが、乗降が少しあるだけ。
ちなみに、北方領土に歯舞諸島があるが、かつてこの旧歯舞村に属していたことから名付けられている。
車窓に風車が多く見えてきたら終点が近い。
根室のバスターミナルを出て50分弱で到着。
観光客と思われる人が10人ほどは乗っていただろうか。
折り返しのバスの時間まで50分間だが、今回もこの展望台には行かなかった。
北方領土の早期返還を願って造られた「四島のかけ橋」。周辺は工事中で近づけず。
日本青年会議所が設置した「希望の鐘」。納沙布岬の周辺は北方領土の返還を願うものが多い。
右翼政治団体による石碑もいくつか見られる。
本土最東端の納沙布岬灯台。
灯台の裏側に行くと、その咲は海。
少し先に平べったく見える島は北方領土の歯舞諸島の一つである貝殻島。
北方領土は日本固有の領土です。
左手にうっすら見える島は択捉島か色丹島か。
納沙布岬のお土産屋さんでネコちゃんの相手をしてしまい、ここで時間を一番とってしまった(汗)
6年前にもここでネコちゃんの相手をしているが、白黒の模様が若干異なるので、前回相手したネコちゃんではないらしい。
ネコちゃんの相手をしていたらバス出発の時間ギリギリになってしまった。
15時10分に納沙布岬を後にした。
根室駅までもどり、帰りの釧路行きの列車の時間まで少しあったので近くの魚屋さんを見て根室駅に列車出発の15分前に戻ってみたら、改札に長い列。
話を聞くと、某大手のツアーで花咲線に乗るのがコースに入っていて、落石までの約20分間の車窓の旅を体験するのだという。
体験乗車するメリットって何かあるのかな?と思っていたら、東根室から落石までの間でエゾシカがあちこちに出没して、いるのが見えると乗客が盛り上がる。列車は時折警笛を鳴らして減速もする。この辺りはエゾシカの遭遇地帯なのだ。写真は?と言われそうだが、日没直後で写真をうまく撮れなかったのでここでは掲載しない。
こんなツアー客が大勢いるのに列車は通常通りの1両編成。
私はなんとかロングシートの部分に座ることができたが、立っている人もちらほら。
あと驚いたのが、このタイプの車両が根室まで乗り入れているのは初めて見た。
近いうちに廃車になるという噂もあるので、貴重な乗車体験だったかも。
16時12分に根室を出発して、18時51分に釧路に戻ってきた。
外は完全に真っ暗で車窓を楽しめる状態にない。
また、一部区間で携帯電話の電波も届かないところがあり、通信もできないという不便なところでもある。
これにて旅の2日目は終了。
翌日3日目は釧路駅から根室中標津空港までレンタカーの旅です。
2021.10.15 釧路根室旅1日目(3) 釧路湿原 [国内旅行]
このページでは、釧路湿原の細岡展望台に向かった時の話を書きます。
釧路の市街地から北進して、釧路湿原の展望台に向かう途中にある釧網本線の細岡駅にて。
よく見ると、シカが2頭いる。
シカはこちらが近づいても全然逃げずにこんな感じ。
また人間が来たって程度にしか思っていないのかな。
細岡駅周辺は紅葉が見頃だった。
赤い車は今回使用したレンタカーです。
細岡駅ホームから。
細岡駅から車で更に進んで、展望台指定の駐車場に車を止めて、そこからは徒歩で緩やかな上り坂を進む。
観光案内所の役割を持つ細岡ビジターズラウンジに立ち寄って周辺の情報収集をしてから展望台へ。
平日金曜日午後2時過ぎの展望台は人がまばらで、釧路湿原をのんびり眺めることができた。
午前中に釧路湿原の西側から見た展望台よりも、こちらの東側にある細岡展望台からの方が一望できる。
夕方だと逆光になってしまうので、この時間までの方がいいのかな。
でも夕方だと日没の様子が眺められていいかもしれない。
他の時間、他の季節にもまた眺めてみたいものである。
駐車場に戻る前にJRの釧路湿原駅まで歩いた。
下の階段を220mほど歩く。
細岡駅と同様にログハウス風の駅舎である。
ちょうど釧路から網走行きの列車が入ってきて、数人下車した。
本数がかなり少なくて、不便な路線ではあるが、釧路湿原を眺めて散策するのにはちょうどいい駅である。
観光シーズンだとトロッコ風の列車とか、SLも走るので乗る価値はある。
釧路湿原駅の記念入場券は、細岡展望台近くの細岡ビジターズラウンジの売店で購入できる。
次のページで釧路の厳島神社と関連する神社、幣舞橋の話を書いて1日目を締めくくります。
2021.10.15 釧路根室旅1日目(2) 釧路の神社など [国内旅行]
釧路市湿原展望台の後は、釧路市内の神社巡り。
最初に向かった先は大楽毛(おたのしけ)にある大楽毛神社。
明治31年に福島県から妙見様を移して祀ったのが始まり。
神社の裏側は王子製紙の広大な敷地に構えた工場があり、地域の発展に貢献している感じ。
御朱印は釧路八幡宮でいただいたので後ほど。
大楽毛から釧路の中心街に向かう途中にあるのが鳥取神社。
この辺りの地名も鳥取で、今の鳥取県の士族が移り住んで出雲大社の神様を祀ったのが始まり。
神社内にある資料館も鳥取城をイメージして建てられたものだという。
時間があれば中に入って見てみたかったな。
鳥取神社の御朱印は見開き500円。
出雲大社の神様を祀っているのがよく分かる御朱印である。
釧路の市街地に入り、最初に向かった先は松光寺。
成田山の末寺として認定されている真言宗智山派のお寺である。
昭和11年創建と歴史は比較的浅いが、境内のお地蔵さんに歴史を感じる。
成田山松光寺の御朱印。今回は2種類。
北海道でお寺の御朱印は5年ぶりにいただきました。ありがとうございます。
お寺を出たところで、今回の旅でネコちゃん発見第1号。
そんなに睨まなくてもいいのに(汗)
松光寺から数百メートル直進したところにあるのが共栄稲荷神社。
この辺りは釧路駅の裏手に当たる住宅街。
大正時代に伏見稲荷を勧請したと石碑に書かれている。
住宅地の中にあるためか境内は広くなく、社殿と鳥居の間にお稲荷様の祠がいくつも並べられている。
御朱印をお願いすると別室に案内され、目の前で宮司さんが御朱印帳に書き込む様子をじっくり見ることができたのだが、これが他の神社にないぐらいお見事なもの。
墨を硯にするところから始まり、特徴ある文字を一字一字丁寧に書き込んで朱印を押し、紙を取り出して終了・・・と思いきや、その紙にハサミを入れて形にして、御朱印の両面に貼り付けて終了。
こんな芸術的な御朱印の実演を見ることができたことがもう感動ものです。
私の御朱印帳の履歴を見て、色々なエピソードも披露していただいたり、参拝して本当に良かったと思う神社だった。御朱印代はお気持ちを賽銭箱にということだったが、300円じゃ済まないと思う御朱印だった。
釧路市内から少し外れて釧路町にある釧路八幡宮へ。
鎮座40周年ということで歴史は意外と浅いということになるのだろうか。
社殿は改装したばかりで翌週にお祭りが開かれる前だったが、御朱印待ちをしている時に社殿に入って参拝することができたのは何とも貴重な機会だった。
釧路八幡宮でいただいた御朱印。
お稲荷さんは釧路八幡宮の境内にあ李、大楽毛神社はこのページの冒頭に書いた通り。
他に釧路市内の寿八幡神社の御朱印もいただけるとのことだったが、今回は参拝していないので見送ることとした。
釧路八幡宮の後に釧路湿原の細岡展望台まで行き、その後で再び釧路市街に戻って立ち寄ったのは三吉神社。
釧路市街の南側の住宅街の中にある神社。
明治時代に秋田の太平山三吉神社の神様を祀り、昭和の初めに今の三吉神社になったという。
御朱印はコロナ禍ということで今は対応していないので、いただくことはできなかった。
次のページで釧路湿原に向かった話を書きます。
2021.10.15 釧路根室旅1日目(1) 羽田から釧路へ 釧路湿原を東側から [国内旅行]
7月に広島の三原から岡山にかけて1泊2日で旅行して以来の遠出となった。
本来なら7月の4連休に北海道に行ってオリンピックのサッカー観戦を兼ねる予定が無観客になった上に、病気で無理できない、更にはコロナ蔓延中というのもあって中止。8月のお盆休みは長崎の五島列島に行く予定がこれもコロナ蔓延の時期と重なって中止。でも、この時に実行していたら豪雨に巻き込まれて現地で足止めされていた可能性があり、今思うと行かなくて正解だったのかも。
そして9月3連休に7月の北海道旅をずらして計画したものの、ここもコロナまだ蔓延中ということで延期して10月に再設定した次第である。
この3ヶ月間、電車で1本で行ける東京と横浜ぐらいしか行ってなくて、こんなに旅行しない期間が空いてしまうのもいつぶりだろうかという感じである。
3ヶ月半ぶりの飛行機である。
朝6時過ぎの羽田空港は意外と人が多いように見えた。