2018.08.12 東九州旅2日目(1) 佐土原・西都市 [国内旅行]
宮崎駅近くのホテルから2日目スタートなのだが、雨がザーッと降ったり止んだりの不安定な天気。
ホテルで朝食とって、近くのコンビニで路線バスの1日乗車券を購入して、8時前にチェックアウト。
バスには宮崎駅東口から乗車。
まずは橘通まで。
橘通から乗った西都行きのバスは30年以上前のものじゃないかと思うぐらい古い車両。
でも、冷房もよく効いてるし、ガタガタ言わないし、手入れがよくされているんだろうな。
40分ほど乗って交流センターで下車。
ここは佐土原城址の入口にあたり、佐土原藩主の屋敷があったところに歴史資料館の鶴松館が建てられている。
しっかりした建物で資料も揃っていて、入場無料。
ただし、開いているのは週末のみ。続100名城のスタンプも押した。
鶴松館の裏手から佐土原城の本丸を目指す。まずは追手口から。
城内にはこのように各所に漫画付きで紹介がされている。
南の城と呼ばれる部分。
本丸の麓にあって、敵からの侵略をここで大きく防ぐ役割があったのだろうか。
本丸跡は完全に草に覆われた状態。
この先に天守台の跡があるのだが、道が完全に見えなくなっていて、進むのを断念した。
麓からここまでの道は、大雨で足元がぬかるんでいて歩きにくかった。それに蚊がものすごく多い。
佐土原城は南北朝時代に築かれて、戦国時代に伊東氏、後に島津氏の居城になったものの、江戸時代に入って山上の部分を廃して、現在の鶴松館辺りを拠点にしたという。
本丸跡からは別のルートを通って麓に戻るが、こちらのルートの方が歩きやすかった。
佐土原城の時代からの庭園跡だろうか。
こうして往復30分以上かけて佐土原城の山を登ってきた。
城址の整備はこれからといった感じ。歩けないところが多くて、今後の整備に期待したいところである。
再びバス移動で終点の西都バスセンターで下車。
それにしても古いバスばかり。
バスセンターから都萬(つま)神社まで歩いていく。
旧国鉄妻線の廃線跡は今はこんな感じ。この先は道の真ん中に駐車場が続く。
歩いて15分弱で都萬神社に到着。
創建年は定かではないが、延喜式に掲載されているほどなので、平安時代には存在していたことになる。
また、ここから数キロのところに西都原古墳群があるので、大昔から存在していたのかもしれない。
神社の境内にある妻のクスは樹齢1200年以上とされる。
また、清酒発祥の地ともされている。
祭神木花開耶媛が三皇子に母乳を与える代わりに甘酒で育てたという言い伝えから来ている。
都萬神社の御朱印。
ここは日向国二宮にもなっていて、一宮はここから延岡に向かう途中にある都農神社だが、今回は時間の都合で行くことができなかった。
西都バスターミナルから西都原古墳群を目指す。
1日数本しかないので、かなり限られた時間で見なければならない。
西都原考古博物館前で下車して、30分ほどで一気に見て回った。
バスに同乗したボランティアガイドさんにも言われたのだが、普通に見て回ってもここは30分で済ませるのは無理。
時代の変遷がどのようになっているのかを考えさせるような展示になっている。
日本書紀等に出てくる神々や神武天皇が今の宮崎県出身であることを考えると、西都原古墳群に祀られている人たちは天皇家の祖先か近い人たちなのかもと思ってしまう。この謎はいつになれば分かるのだろうか。
博物館の最上階は展望台になっている。
ここから見える景色は一面古墳群。
この後、バスで西都のバスターミナルまで戻り、他のバスに乗り換えて宮崎市内へ。
続きは次のページで書きます。
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