2018.09.22 羽越旅1日目(3) 出羽三山神社・大日坊・注連寺 [国内旅行]
羽黒山の麓から歩き続けて、山頂の鳥居をくぐったところでついに土砂降り。
最初に見られる社殿は厳島神社(左)と、出羽三山を開いた蜂子皇子を祀っている蜂子神社。
推古天皇の時代に出羽三山を開いたというのだから、ここには長い歴史がある。
羽黒山のメインはこの出羽三山神社の三神合祭殿。
羽黒山だけでなく、月山と湯殿山の神様も一緒に祀っている神社。それぞれの山にお参りできない人たちのために、ここで参拝できるようにしている。
御朱印は何種類か用意されているが、他の社殿も回ってから御朱印をお願いするのがここのルール。
球の上に八咫烏がいるが、開祖の蜂子皇子は、八咫烏に導かれて出羽三山に来たのだという。
後ろの建物で秘仏の特別展が行われていた。
羽黒山にも東照宮が置かれている。
江戸時代に天海僧正の弟子・天宥が鶴岡藩主に働きかけて、藩主の酒井氏によって寄進されたのが始まり。
霊祭殿は霊廟のようなもの。三神合祭殿とは別にここの御朱印をいただける。
境内には末社がいくつも並んでいる。
天宥社は、羽黒山別当天宥を祀っている。
1日ずれていたら、羽黒山でシンフォニーコンサートを聴けたのに(涙)
吹奏楽の世界でお世話になってる八木澤教司さんの曲も入っていたので尚更である。
山頂から麓の駐車場まではバスで戻る。
バスが来るまで時間があったので、広場の土産物屋で山菜そばを食べる。付け出しの筍に味噌を和えたものが美味しかったので、これをお土産にした。
14時20分発のバスで山頂を出発し、駐車場まで15分。私と同じような考えの人が多く、バスは座席が埋まるぐらいの乗車率。
羽黒山随神門から車で30分ほど湯殿山まで走る。
ただし、湯殿山神社までは遠すぎるので今回は大日坊までが限界だった。
この仁王門は鎌倉時代に建てられたらしく、山形県内では最古の建造物。
大日坊は、湯殿山が女人禁制だった頃に女性がここで湯殿山を参拝したことにしていたという。
弘法大師によって開創され、春日局によって再建され、徳川将軍家の祈願寺という位置付けだった。
写真撮影禁止の即身仏がここにはある。一言でミイラなのだが、見事な保存状態である。
真如海上人という名で、96歳で生きたまま中に入ってミイラと化したという。
即身仏の前では住職による説明がなされたが、お国訛りが強すぎて・・・。
その後、お祓いまで受けて大日坊を後にした。人生で初めて即身仏を生で見た。
次に参拝したのが、大日坊から車で数分の注連寺へ。
こちらも弘法大師の開基とされていて、月山、湯殿山の遥拝所の役割を果たしてきた。
ここにも鉄門海という即身仏が存在していて、大日坊と違うのは、鉄門海は庶民に施しをするなどで生きている間から世に知られている人物で、71歳で即身仏になったという。
堂内は撮影禁止だが、天井絵画は見逃せないものばかりである。
大日坊も注連寺も拝観料が必要で、中で説明を受けることになるが、それだけ価値の大きいお寺である。また行ってみたい。
湯殿山から再び羽黒山に向かう途中で休憩。
ここはもう山の中である。
実りの秋、ちょうどいい時期に訪れることができて良かった。
出羽三山神社でいただいた御朱印。
霊祭殿以外は三神合祭殿で全ていただいた。
出羽三山神社の御朱印は見開き2ページ分ある。
そしてお守りも。右の木製は昼間に購入し、左のお守りは夜間限定品。
大日坊と注連寺の御朱印。
どちらも深みを感じる書き方である。
この後、再び羽黒山方面へ。
夜もまた楽しめたので、次のページで書きます。